料理の鉄人

今までにない料理番組として話題になり、職業としての【料理人】に焦点があたった料理番組としてはやはり『料理の鉄人』です。この番組を見て職業としての料理人に憧れた人たちも決して少なくありません。番組としてもとても人気となり海外のテレビ局でも放送されて話題を呼ぶことになり、1995年にはエミー賞ポピュラーアーツ部門にもノミネートされるほどの人気ぶりになりました。

対戦ルール

  • 「鉄人」に挑む「挑戦者」が「鉄人」の中から一人を対戦相手に選んで挑戦。
  • メインとなる食材のテーマ食材は、主宰がテーブルに掛けられた布を取っての発表。
  • テーマ食材を使って、最もその魅力を引き出した料理を制限時間(通常は60分間)内に調理。
  • 「アレ・キュイジーヌ!」の言葉で、試合開始を宣言。そこから残り時間がアナウンスされて、盛付けを含めて制限時間内にすべての調理を終わらせなければならない。
  • 助手が2人付きます。助手になるのは美食アカデミーから選出。
  • 食材は出汁またはスープ1点だけは持ち込み可能。調理器具(包丁・まな板)に皿など(番組初期を除いて)原則として自由に持ち込み可能。
  • 実際には自ら持ち込むのでなければ、テーマ食材の候補を見た上であらかじめ食材に関するリクエストを事前に出すことが可能。

鉄人たち

挑戦者からの挑戦を受ける鉄人は『フレンチ』『中華』『和食』『イタリアン』です。鉄人の登場の仕方は、主宰の「甦るがいい、アイアンシェフ!!」の掛け声で鉄人が登場します。挑戦者が菓子職人で対戦する鉄人が必然的に坂井になる時には「一人だけ蘇るがいい、アイアンシェフ!!」の掛け声で指定された鉄人だけが登場しています。

『和』の鉄人

  • 初代:道場六三郎・・・出演期間…1993年10月~1996年1月
  • 二代目:中村孝明・・・出演期間…1996年3月~1998年2月(1999年3月には挑戦者として出演)
  • 三代目:森本正治・・・出演期間…1998年2月~2001年1月

『フレンチ』の鉄人

  • 初代:石鍋裕・・・出演期間…1993年10月~12月
  • 二代目: 坂井宏行・・・出演期間…1994年2月~2001年1月

『中華』の鉄人

  • 陳建一 ・・・出演期間…1993年10月~2002年1月

『イタリアン』の鉄人

  • 神戸勝彦 ・・・出演期間…1997年6月~1999年9月

鉄人に勝った挑戦者

神田川俊郎 ・・・ 総勢約400名もの料理人を束ねる「関西料理界のドン」として、複数回挑戦者として出場。道場や他の鉄人と数々の名勝負を繰り広げてきました。

対戦成績は道場に1敗、坂井とは1勝1敗、陳と中村に1勝。自身の門下生を中心としたグループ「神田川軍団」を毎週のように送り込んだ時期もあります。門下生たちに対して「進んで表に出てみなさい」という教育の一環であったという。

常に料理をしながら片付けているため、制限時間が終了した時には厨房が片付き終わっていて番組スタッフは毎回うならされていたといいます。道場のお品書きに対抗して、仕上がり間近に半紙に書をしたため、「○○君、味は心や!」と絶叫するパフォーマンスをしていました。これを受けて道場は「このおっさん、おもろいやろ!」と切り返していましたが、坂井は「この人何言ってるか、わかんないよ!」と切り捨てていました。

番組での通算成績は5戦3勝2敗で唯一複数の鉄人に勝った挑戦者です。

周富徳 ・・・ 番組の初期に弟・富輝の敗戦の仇を討つという名目で出演しました。プライベートで親友である道場との熾烈な対決を繰り広げますが、やはり互いに気は進まなかったようです。道場が勝利しましたが、まもなくリターンマッチが組まれて周が勝利しています。これは当時人気絶頂だった周への配慮とも思われます。このシチュエーションは後にフィクション化されて、小説として出版されました。道場さんはこの黒星だけで番組を去る予定でした。

小林カツ代 ・・・「家庭料理」の雄として登場しました。鉄人指名の際には「どなたでも結構です」とこたえましたが、その理由は鉄人を相手にするのだから誰とやっても同じという理由だったようです。誰でも良いという答えに驚いた鹿賀主宰が、「女性に弱い」とレッテルを貼られていた陳を指名します。小林の独特のペースで進んだ、異色の回になり小林が勝利しました。後に息子のケンタロウも陳と対戦していますがケンタロウは敗けています。

田崎真也 ・・・ 1995年に日本人として初となる『世界最優秀ソムリエコンクール』で優勝したソムリエ界のカリスマ的存在です。ソムリエとして料理に合ったワインを選ぶだけでなく、ワインに合った料理を創作することも得意です。「中トロ対決」で神戸と対戦して勝利。田崎が作った各種料理には、それぞれ田崎自身が料理に合わせて選び出したワインが添えられていました。

程一彦 ・・・ 陳に勝った番組史上初の勝利挑戦者です。十八番の「よそ見包丁(食材を見ず、周りに気を配りながら手元では包丁を振るう)」を当番組でも披露しました。実は料理の鉄人が企画された当初に陳とともに、鉄人候補の一人でしたが辞退していた経緯があります。

大田忠道 ・・・当時の 日本調理師協会副会長の肩書を持つ関西料理界の巨匠として出場しました。坂井との「タコ対決」で勝利。番組後期には、神田川俊郎の後を継ぐ形で、全国5000名の門下生の中から厳選した精鋭70名で構成された「大田天地(あめつち)の会」(通称:大田軍団)をたびたび番組に送り込んで、第3代和食の鉄人の森本と何回も名勝負を繰り広げました。

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